言葉が出てこないのは弱さじゃない|挙手できない大人たちへ

100人いても、挙手して意見が言える大人はたった1人。

先日、職場で自主研修会がありました。

内容は、性格タイプ別のモチベーションの上げ方やアンガーマネジメントといった、セルフマネジメントの講演です。

講演の最後に、 「 質問がある人はいますか? 」 と講師の方が聞いたとき、参加者は100人以上いるにも関わらず、挙手したのはたった1人でした。
( 仕事の会議等であれば、もっとみんな意見を言えたかもしれませんね )

かくいう僕も挙手できていない側です。笑

子どもの頃を思い返すと、昔はとにかく手を挙げていたし、当ててほしくて、意見を言いたくて仕方なかったような気がします。

幼少期でいうと、ちゃんと授業の記憶があるのは小学校2年~3年生あたりからなのですが、先生が 「 ~わかる人! ✋」 とか 「 これやってみたい人!✋ 」 みたいに聞くと、ほとんどの子が 「 はい!はい! 」 と必死で手を挙げていました。

これが5~6年生になると挙手率が下がり、中学校ではなんとなく成績のために挙手をするグループと一切挙手はしないグループに分かれ、高校では挙手という制度自体がなくなりました。
( 日付や出席番号で自動で当たるシステム )

そして大人になって受ける講演での挙手は、100人中1人。

そう考えると、子どもの積極性ってすごいですね。

こんなに積極的でいられるのは、たぶん 「 世界の中心に自分がいるから 」 なのだと思います。だから 「 言いたい!やりたい! 」 という衝動が、そのまま行動につながる。

でも成長するにつれ、世界の中心が 「 自分 」 から 「 他人の目 」 に少しずつ移っていきます。

周囲の評価や、失敗したときのリスクや立場。

そういうものを、一瞬で計算できるようになる。そしていつからか、こう考えるのです。

 「 中途半端な言葉は危険だ 」  と。

そうして多くの人の目がある場では、整った発言しかできなくなっていく。


でも僕らは、子ども心を完全に失ったわけではないはずです。

本当は今も 「 言いたい! 」 は、ちゃんとあるのだと思います。ただ、まだ整っていないだけで。

整っていない言葉をそのまま出すのは怖いので、僕はたぶんもう1度同じ研修を受けても、発言はできないかな、と思っています。

だって、間違っているかもしれないし、笑われるかもしれない。
それでも子ども時代を思い出して、ほんの少しだけ、場所を選んで勇気を出すぞ!と決めています。

完璧じゃなくても、まとまっていなくてもいい。あの頃みたいに、とりあえず手を挙げてみたい。

間違えてもいい前提で。

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この記事を書いた人

カエルと読書が好きです。

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