まだ咲いていない 「 あなたの色 」

春になって、外の景色だけでなく、歩いている人の服装や、スーパーの商品なんかも、春色に変わってきました。

僕は桜餅が好きで、桜餅を見かけるとつい買ってしまいます。桜味って、 「 桜餅だけ 」 というイメージがあったのですが、他の和菓子でも桜味ってあるみたいですね。最近、僕が食べたのは桜モナカでしたが、それ以外にも桜餡、桜大福、桜どら焼き、桜きんつば、等々いろいろあるようです。
「 桜味 」 は主に、塩漬けされた桜の葉の味と香り、そして着色料のピンク色で作られています。でもそれだけですぐ、 「 これは桜味だ 」 って分かるのもすごいなと感じています。


それで、桜餅を食べていると、決まって、とある話を思い出します。

それは、いつかの国語の教科書で読んだ話で、テーマは 「 言葉の力 」 だったのですが、その話の中で 「 桜 」 について語られている部分がありました。
簡単に、その 「 桜の話 」 の概要だけ書かせてくださいね。

桜は毎年春になると、綺麗なピンクの花を咲かせる。でも、ピンク色とは似ても似つかない、黒っぽい木の幹を煮出して染めても、淡いようでいて燃えるような美しいピンク色の染物ができる。桜が花を咲かせる期間は非常に短いが、きっと花が咲いていない間にも木の幹には、 「 ピンク色の花を咲かすためのエネルギーのようなもの 」 が蓄えられていて、桜の花びらは、それが桜の木全体のピンクが枝先に表れたものなのだ、とそんなお話でした。

このような特徴は、よく考えると 「 桜だけでなく 」 、人にも当てはまるように思えるのです。見た目からでは、内側のエネルギーは読み取れない、しかし、ふとしたきっかけで、内側のエネルギーが外へ発露していくような特徴。

たとえば、 「 普段大人しくて目立たなかった人が、すごい特技をもっていた 」 とか、 「 優しくて、気弱そうなあの人が、理不尽に責められた場面で、きちんと言い返していた 」 とか。

でも、人の内側のエネルギーを見ることはできないので、その人が、どのような人なのかは、その外側 ( 外見、行動、発言 ) で判断するしかありませんよね。つまり、そういう 「 外へ発露した行動 」 を見るまでは、その人の内側で 「 どんな想いが燃えているのか 」 というのは分からないのです。

新美南吉の『 飴玉 』という小説では、ひとつの飴玉を取り合い、騒いでいる2人の幼い姉妹に対して、怖そうに見えた侍が、その飴玉を刀で2つに割ってあげることで 「 見た目には表れない、優しさ 」 を示します。

僕たちは、 「 見えているもの 」 でしか人を判断できませんが、本当は、周囲の人の中にも、まだ外に出ていない 「 色 」 があるのかもしれません。黒い幹のまま冬を越している、桜の木の中でも、すでに春の色が燃えているように。
そして、その色はいつか、ある日 「 枝先からこぼれるみたいに 」 現れるのだと思います。

もしかしたら、人が何かを好きになる瞬間や、誰かに優しさを向ける瞬間というのも、 「 その人の中にずっと蓄えられてきたものが、ようやく外に出てきただけ 」 なのかもしれません。

だから僕は、桜餅を食べるたびに思うのです。

自分の大好きな 「 桜の味 」 も、もともとは、あの黒い幹の中に、眠っていたものなのだと。
そして、他の人の中にもまた、まだ誰にも見られていない春が、きっとあるのだと。

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この記事を書いた人

カエルと読書が好きです。

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